那覇医師会看護学校生実習を行いました。
皆さんは現在、在宅看護の実習もなさっているとのことでした。
今回はホスピスより自宅に帰って最期を迎えた義理姉のお話を
させていただきました。
死期が近いとわかっていても、人には希望が必要であり
もちろん 「必ず治りますとはいうことはできませんが、
もう治らないのだからその死を受け入れなさいかのように説得にかかる
ことは やめてほしい。」「その人がその人らしく最期を迎えられるように
そのままを受け止めて寄り添ってほしい」とお話ししました。
もちろん私は当事者ではありませんので、それが本当かどうか?
わかりません。でも、少なくとも私を含め家族が話していたことでした。
幸いにも義理姉のそばには素晴らしい訪問看護師の方が寄り添って下さいました。姉がホスピスから自宅に戻った日には不安で不安で・・・一日に4回も廻ってきてくださいました。
今回も一時間という限られた時間です。ほんの少ししかお話はできません。
もっと お話を聴きたかったと言ってくださって嬉しかったです。
私ももっと膠原病の事 患者のこと をお話させてもらいたいです。
いつも頂いているアンケート褒めてくれてどうもありがとう。
●こうすると、もっと理解が深まると思われたこと。(改善提案)・小児期に発症した当時の気持ちなどのお話が聴けたらいいかなと思いました。
・もう少し家族の話をききたかった。
>12歳のときに発症しましたが、子供は生きるエネルギーでいっぱいです。ですから 死に対する恐怖 実感はありませんでした。
でも、隣の部屋から父とドクターのお話が聴こえたのを覚えています。
10年生存です。それを聞いてもピンときませんでした。
>私の生まれた家庭は病気はすべての不幸だという家庭でした。
それは母が白血病で亡くなったからです。
ですから私が膠原病になった時からずっと腫れものに触るように
また、過保護に育てられました。結婚してからの家族は主人と主人の両親は
とても私のこと(病気のことはあまりわからないかも)を理解してくれ
今のように好きな事をさせてもらっています。
家族の理解もとても大切です。これらも友の会の役割の一つですね。
いつでも、膠原病患者のことでわからないことがあれば連絡下さい。
私に伝えられることであれば、ぜひお話させてください。
あまり役には立つか自信はありません。
これから、膠原病の患者さんにお会いすることもあると思ういます。
どうぞ 膠原病のこと患者さんのこと膠原病友の会のこと
よろしくお願いします。


那覇医師会看護学校のみなさん
志喜屋さん
知念さん 阿波連 鶴見さん
大庭さん