2012年7月17日火曜日

那覇市医師会看護専門学校実習(難病支援センター)


  那覇市医師会看護専門学校の実習期間が始まりました。


    砂川さん  阿波連 平松さん  具志堅さん


6月から12月まで月に一度ですが、膠原病について・患者会について
お話をさせて頂きます。(沖縄県難病支援相談センターアンビシャスにて)

膠原病について・・
「膠原病」は一つの疾患を指して膠原病と言うのではなく、
20種類ちかくある類似疾患(免疫疾患)の総称であること。
その症状や治療にはさらに個人差がある病気である事。

それから、私自身の体験談をお話させていただいた後
どれだけ私が患者会に助けられてきたか。
患者会の役割など。

医療従事者(看護学生さん)と行政と患者(私たち)のどちらか一方が
やってあげていることというのはなく、お互いが連携し合うことで始めて
膠原病の患者さんやご家族が、安心して治療療養出来る環境になること。
互いに高め合ってゆけること。

膠原病の患者さんに出会う機会には、膠原病)身体だけではなく
こころも一緒に寄り添って観てもらいたいことをお願して終えました。

 

 さて、私自身が友の会にどれだけ助けられているかです。
今回の15周年イベントを通して更に強く思うようになりました。

「阿波連さんだから出来るさ~。」「元気だからできるさ~。」では決してなく
今も頼りがいはあまりなく、おろおろするばかりですが、
以前は人前でお話しすることはもちろん、目を合わすことさえ苦手でした。

それをずっと側で支えてくれる運営委員(仲間)の力で今があります。
また、病状も決して落ち着いている方ではありません。
(重い方でもありません。)
ようやくステロイド25mgに減量SLEも落ち着き始めています。
ステロイドのパルスは12歳のころから何度行ったでしょう。

(患者会の活動するにあたって、とても恵まれた環境にあることは
特別に感謝しなければなりません。)

以前の私ならば、SLEの再燃した5月の時点で今回のイベントを中止
または延期したことと思います。
病気だから仕方ないという、もっともな理由を付けるのです。

今回の私はそうではありませんでした。
このイベントを成功させるためにはどうしたらよいか?
と考えられるようになったのです。
それは、支部長という責任感から来るものだったり、
またチャンスはなかなか訪れないという事。
(あの日(8日)同じ時間・同じ場所に同じ人が集う事は二度とありません)
そのことを強く感じていたからなのです。
ある程度の責任感もとても大切に思いました。
(しかし、今回のプレッシャーは10円カンパチ出来るほどだったな(><))

その結果、運営委員の結束がより強くなり、更に活動が活発になり
ひいては会員さん・膠原病患者さんのためになるという。
一番望んでいる結果に繋がるのです。

今でも、支部長の役割はおろおろするばかり
そんな支部長だからこそ皆さんに助けて頂けるのです。

ここまで会を支えて下さった皆様へ改めて感謝申し上げます。

きっと膠原病友の会沖縄県支部はより良い会となることと思っています。
                  (OH~自画自賛 お許志を~♪)

2 件のコメント:

  1. 私も運営委員の一人として、より一層責任を感じています。
    そして結束も増したと思ってます!
    役員交代もあったので、しばらくは大変な事もあるかもしれませんが、皆で協力し合って一歩ずつ進んで行けますように!

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  2. onoderaさん
    こんにちは(*^_~*)
    onoderaさんが言っていたようにこのイベント後
    運営委員は成長するよ。とほんとでした。
    いつも側でビビる私をやってみよう!!と後押し。
    ありがとうございます。
    会の運営は想像以上に大変です。
    特定の人に負担がかかることは避けなければいけませんが。
    どうしても限られた人が活動しなければいけない状況は
    あると思います。
    それはONODERAさんにもあてはまってしまいます。
    しかし、なんぎ~をした分だけ、
    その人が必ず報われるようになっていますので、
    どうぞこれからもよろしくお願いします。
    身体に気をつけて(*^^*)無理をせず
    運営委員皆で協力していきましょう!!

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